旧粉河町荒見の直ぐ南の山麓は 紀州富士といわれる堂々たる龍門山。
その懐に農家の男児として保田重右衛門が生まれた。後の美術家・保田龍門である。
拠点を郷里和歌山に置き、日本美術院同人として活躍。彫刻、絵画と野にいる存在を
示した。 生涯のテーマとなった「母と子」(1917・油彩)は東京美術学校卒業時の
第11回文展特選作である。 渡仏後の代表作は クリスティーヌの首(1921・大10)、
裸婦立像(1921頃)等々。以後地方を中心に絵画と彫刻を同時進行、
東京国立近代美術館、碌山美術館、和歌山県立近代美術館 他に収蔵、
後世に感動する傑作を遺した。